渡:
三菱石油と日本石油との合併は、確かにうまくいきましたが、最初は三菱と日石というブランド同士の戦いでした。そういう中で、お互いを尊重し合い、いかに1つの会社としてまとめていくかというのは、大変な作業でしたね。
財部:
そういう問題を、渡さんはどのように克服していかれたのですか。
渡:
私の場合、その時に実行したことが3つあります。1つ目は明確な理念とビジョンを掲げ、「わが社はこのように進んでいく」ということを内外にはっきりと示すこと。そして、2つ目は企業改革です。良い企業は、合併するしないに関係なく、つねに改革を行い、新しい血を入れながら組織を刷新し、社員を刺激して引っ張っています。その改革の最も典型的な形態が合併です。言うまでもなく、合併すれば、同じ地域での支店は1つでよくなり、結果、支店長のポストも1つ減り、社長も1人で済むわけです。その意味で、合併とは一番手っ取り早いリストラ手法であり、会社を効率化していくための手法だと思います。
財部:
しかし、それだけでは済まない部分もありますよね。
渡:
はい、相手は人間ですから、非常に難しい面があります。たとえば、3年をかけて1千億円のコストダウンを達成しようという計画があったとします。ところが、「3年で達成は無理だから5年にしよう」と問題を先送りする企業が少なくありません。私は経営陣のそういう姿勢が、社員をますますスポイルすることにつながると思います。むしろ、社員が嫌がるリストラをいかに早く切り上げ、成長戦略にどう切り替えていくかが、経営上、最も大事なことだと思っています。
財部:
リストラを一気呵成に行ったあと、いかに成長戦略に転じるかが勝負ですね。
渡:
そうですね。それから3つ目は、新たな企業文化の創造です。企業の合併とは、いわば異文化の混合です。したがって、一方の企業の文化に統合するとか、あるいは両社の企業文化をしばらく温存しようとか、そういう方法では絶対にうまくいきません。そこで私は、合併前の両社の文化をあえて捨て、新しい企業文化や新しいルールを創ることに最初から取り組みました。新しい文化を一から創れば、双方の社員が納得すると考えたからです。
財部:
具体的に、どんなことを手がけられたのですか。
渡:
たとえば、当時は合併の際、高いほうに給与体系を合わせるのが普通でした。でも私は安いほうに合わせ、不公平を防ぐために、リストラも併せて実行しました。また文化の創造という観点から、合併途上で生じた数々の問題について、テーマごとに社内に「横断プロジェクト」を発足させ、そこで解決策を作らせました。最初は両陣営相まみれての喧々諤々でしたが、結果的にコミュニケーションの促進が図られ、全員が納得するすばらしい案が次々に生まれました。日産のカルロス・ゴーンCEOが著書でクロスファンクション・チーム(CFT)について触れていますが、あれは私のほうが先にやっていたと自負しています(笑)。
財部:
そうなんですか(笑)。
渡:
たとえば「こういう人事体系を作りたい」という時、通常は人事部に仕事を任せます。でも人事担当者は、自分たちが今までやってきたことを否定するようなことは絶対にしませんから、抜本的な改革はあり得ず、せいぜい改善しかできません。そこで営業や技術、研究開発など、人事以外の部署から、旧日石および旧三石ミックスでエリートを10人集め、「新会社にふさわしい人事体系を作れ」と命じたのです。プロである人事部の人間には書記をやらせるだけで、その議論には絶対に参加させませんでした。各部署から集まった「横断プロジェクト」のメンバーは素人ですから、まるっきり頓珍漢なことをやりながら、だいたい2、3カ月は試行錯誤の時間だけが過ぎていくわけです。
財部:
そうでしょうね。
渡:
ところがそのうちに、「こんなことばかりしていては駄目だ、新しい会社にふさわしい体系を考え出さなければならない」という意識が、メンバーの間に自然に芽生えてきます。そして半年も経つ頃には、非常に前向きな意見が集約されて、人事担当者にはとても作れないような斬新なプランができあがる。加えて、各メンバーは職場代表として「横断プロジェクト」に参加していますから、プロジェクトの経過を職場に逐一報告しており、また、職場の意見を集約して持ってくる。ということは、プロジェクトで決まった内容は、彼らを通じて、ほとんど社内全体に広まっているわけです。
財部:
社内に周知徹底されて、ものになる、と。
渡:
そうです。人事部としては「自分たちの専門分野を侵した」と腹立たしい思いがあったとしても、内容が良いから文句が言えない。そして「横断プロジェクト」で決まったプランは、役員会でそのまま認可して人事部に下ろす。その実行は人事部が担うわけですが、彼らも各職場もプランの内容をよく理解していますから、あっという間に実行に移されます。当時は人事体系のほか、常時約20件の「横断プロジェクト」を走らせていました。当事者以外の人たちをプロジェクトのメンバーに入れて、フィギュア・アウトするわけですが、最初に大変な思いはしても、プランを実行する時には、本当に良いものを比較的楽に立ち上げることができたと思いますね。
財部:
ほお。では、JXホールディングスでも同じようなことを行われるのですね。
渡:
非常に良い手法ですから、西尾会長と高萩社長も採用するのではないかと思います。いずれにしても、そういう仕組みをいろいろと考えながら実施した結果、新日石のケースは、当時の大型合併における成功事例として評価いただいたと自負しています。ほかには、公私を問わず「君は三石出身か?」、「日石出身か?」と聞くことを一切厳禁にし、もし確認したいのなら、「何県出身か?」と言えと指示しましたが、そのうちバカバカしくなって誰も言わなくなりました(笑)。また、ノンプロ野球の名門チームである野球部の部長に、旧日石出身者ではなく、旧三石出身者を起用するなど、人が考えないこともやりました。さらにもう1つ工夫したのは、「上」の方たちに対してですね。
財部:
「上」とは、どういう人たちですか。
渡:
社長・会長を辞めた人が、相談役としていつまでも会社に残っていては、お金もかかるし、好ましくない影響もいろいろとあるわけです。私は社長になってすぐに「相談役の任期は2期4年で終了」というルールを役員会で決めました。その後は名誉職として、「顧問」という肩書きをお使いいただけるようにしました。無論、待遇は一切なしです。私も4月から自分で作ったこのルールに従って、ホールディングスの相談役になっています。
財部:
一般的には、下ばかりが忍従を求められるケースが多いですよね。ですが、渡さんのお話を伺っていて、御社が理念や文化を非常に大切にしながら経営統合を進められてきたことが、よく理解できました。
来るべき「電気社会」を水素技術でリードする
財部:
そういう中で、渡さんが取り組まれてきたことは、おそらく今回の経営統合における大きな柱でもある、「未来に向かっていく」という点でも非常に意味を持ったと思います。渡さんご自身、家庭用燃料電池『エネファーム』の普及にも相当尽力されていますよね。社内で掛け声を上げるだけでなく、ここにきてテレビやインタビューなどへの露出度も高まるなど、非常に力が入っていると思いますが、どういう考え方が背景にあるのでしょうか。
渡:
まさに、この業界が起死回生できるかどうかという危機意識です。順風満帆に成長していた石炭産業が、昭和40年代に石油に取って代わられたのは、失礼ですが、新しいエネルギーの時代を迎えるにあたっての戦略がなかったからだと思います。われわれは、その轍を踏んではなりません。産業が成長し人間が生活する限り、エネルギーは不滅ですが、今後、高齢化の進展やエコ社会への転換が進むことを考えると、石油の需要はさらに減少し「電気社会」に移行していくのは避けられないでしょう。
財部:
石油から電気の時代になるわけですね。
渡:
はい。そうなると、今度はその電気をどうやって作るのかが問題になります。これまで電気は電力会社が作っていましたが、彼らの立場からすれば、すべて原子力発電に切り替えれば究極のエコになるわけです。ところが、日本の社会構造や立地条件からすれば、それはまず不可能であり、国内発電量の約30%を占める原子力の比率を5割に持って行くのが限界です。したがって、残り5割は他の発電方式で補う必要がある。しかし水力や風力、あるいは太陽光を利用した自然循環型エネルギーによる発電は、どんなに多く見積もっても2割程度にしかなりません。つまり、電力会社によるCO2を出さない発電は、7割が限界値なのです。
財部:
電力会社では、残り3割の電力を、どのように補っていく考えなのでしょうか。
渡:
石炭やLNG(液化天然ガス)、つまり化石燃料を使います。いま電力会社では、化石燃料による発電の高効率化に非常に力を入れていますが、発電時におけるエネルギーのロスが55%程度あり、電気が発電所から各家庭に送られる間にも5%の送電ロスがある。そのため、発電所で投入したエネルギーの4割程度しか使えません。ところが、われわれが開発した燃料電池『エネファーム』を各家庭の軒先に置けば、電気と同時にお湯も作られるので、エネルギーのロスは約15%しかありません。つまり投入したエネルギーの約85%を有効に使うことができます。
財部:
なるほど。
渡:
従来の大規模集中型の発電(発電所)よりも、各家庭に燃料電池を置いて発電を行う分散型電源のほうが効率が良いという点に、私どもは目をつけました。要は、各家庭で水素を使って発電しながら電力と給湯用の熱を賄うのです。幸いわれわれの製油所には、水素が豊富にあります。製油所ではガソリンや灯油を精製する際、水素ガスで硫黄分を除去(水素化精製法)するので、製油所には合計47億ノルマル立米(Nm3/0℃、1気圧の標準状態における気体の体積)という膨大な量の水素の生産余力があります。これは、500万台の燃料電池車を1年間、現在のガソリン車と同じペースで走行させることができる量です。
財部:
現時点で、500万台の燃料電池車に水素を供給できる能力があるのですね。
渡:
はい。現在、国内における乗用車の保有台数は約5800万台ですから、その1割弱に供給できるだけの水素が、いまの余力で賄えます。もっと良いのは、間もなく実用化されるCCS(CO2の回収・貯留)と呼ばれる技術で、製油所で水素を精製・生産する工程において発生するCO2を地中に埋めるのが可能になること。そうすると、製油所でCO2をほとんど排出せずに純度99.9%の水素が生産可能になります。近い将来、その水素をローリーに積んだり、パイプラインで輸送できるようになれば、いよいよ本格的な水素社会が実現するわけです。